朝日新聞は、2010年10月15日の朝刊で「『患者が出血」』伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン東大医科研、提供先に」という記事を掲載した。
この記事は、
東京大学医科学研究所(医科研)附属病院で行ったガン治療ワクチンの臨床研究(人を対象として行う医学上の研究)中、2008年に膵臓ガンの患者で起きた消化管からの出血が「重篤な有害事象」と院内で報告された。医科研はこの有害事象を、同種のワクチンで臨床研究を行う他の病院に知らせず隠蔽した。
ワクチン開発者である中村祐輔・東大医科研ヒトゲノム解析センター長が、自身も10%強の株式を保有する、東大発ベンチャーのオンコセラピー・サイエンスのガンワクチン事業に不利に働かないよう情報を隠した。
・・・との印象を受けるような構成になっている。
さらに朝日は翌16日の社説においても「東大医科研−−−研究者の良心が問われる」と題し、前日の記事に基づいてナチスの人体実験を例に批判記事を掲載した。
朝日新聞の記事により、ガンワクチンを巡っては明らかなマイナスのダメージが広がっており、朝日が取材して回ったガンワクチンの臨床病院では「患者のエントリー数が、過去3ヵ月で従来より3割減少しており、研究の停滞にもつながりかねない」という。また朝日報道の直後、10月21日に内閣府総合科学会議で実施された来年度の概算要求における科学・技術関係施策の優先度判定において、318事業のうち2件のみが最低評価(実施すべきでない)を受け、その1つが厚生労働省の「ガン治療ワクチン開発(29億円)」だった。
---------- 市民のためのがん治療の会
この記事は東大医科研が有害事象を隠蔽したという印象を与え、ペプチドワクチン療法の研究そのものを妨害するとともに東大医科研中村祐輔教授個人に対する誹謗中傷を目的とした記事であることが容易に想像できる。なぜならば中村祐輔教授は、がんペプチドワクチンの開発者ではなく、また特許も保有しておらず、医科研病院の臨床試験の責任者でもないからである。
こうした事態に対して、東大医科研や関係諸学会および患者団体(41団体)から抗議されたが、朝日新聞社は釈明もなく謝罪もしていない。そればかりか、居直りとこじつけの反論を行っている。そこには事実の歪曲と無責任な捏造的報道を行っても、報道機関としての最低限の反省や基本的な対応姿勢は全く見られない。
(中略)
記事で触れられたオンコセラピー・サイエンス社(本社・川崎市、角田卓也社長)も22日、誤った記事によって「株価が一時ストップ安となり、約83億円の損失となった」として、朝日新聞社に抗議文を送った。オンコセラピー・サイエンス社も今回の事態には全く関係していないからである。このため、今回の記事は中村祐輔教授を陥れ、ペプチドワクチン療法の研究を阻止する目的で掲載されたものと容易に想像がつくものである。しかし、一般人には非倫理的な研究を行ったという悪印象を与えるものでしかなく、現実にこうしたワクチン療法の研究にブレーキをかける事態となっている。こうした『朝日新聞』の一連の記事に対して、10月27日には、帝京大学の小松恒彦教授を発起人代表とする「医療報道を考える臨床医の会」が発足し、署名活動が開始され、署名開始後2カ月で40000筆以上の署名が集まったという。医学の専門家の認識としては、この記事は事実誤認と医学的事実について朝日新聞の報道は明らかに間違っており、この臨床研究への妨害と東大医科研中村祐輔教授個人に対する名誉棄損以外の何物でもないと周囲の医師たちは判断していることを物語っている。
しかし朝日新聞社は、「研究者の良心が問われる」との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付け、居直りの報道を続けている。さらに酷いことには、各界からの反論や批判に対しては、抗議の趣旨を歪曲して自らの都合のよい内容で報道しているのである。記事を書いた出河雅彦編集委員と野呂雅之論説委員に関しては、ジャーナリストとしての人間性を疑うものであり、許し難いものである。自浄作用を失った『朝日新聞社』は取材過程の適切性の検証を行い、誤報道記事に対し真摯に謝罪すべきである。国民は馬鹿ではない。日本の代表的な公共メディアの一つとしての自覚を喪失し、自浄作用とガバナンスを失って腐敗した朝日新聞はもはや購読に値しない雑文紙となったと言えよう。なお、この記事の影響で、がんワクチン療法を含むライフイノベーションプロジェクトの予算が大幅に削減されると報道されている。効果の少ない免疫療法で金儲けしている人達のほくそ笑む顔が浮かぶが、『朝日新聞』の記事はこれが目的だったのではと勘繰られる事態となっている。
---------- 医療ガバナンス学会 2010年11月6日
(以下抜粋)
【朝日新聞の対応】
では、朝日新聞はどのように対応したのでしょうか。
まず、がん患者団体の抗議を21日の朝刊で報じました。しかしながら、そのタイトルは『患者団体「研究の適正化」』。患者団体が訴えたことは、患者への 適切な情報公開、がん研究予算削減阻止、そして「報道の適正化」でした。朝日新聞は、患者の抗議を自らの都合に良い形でねじ曲げて報じました。
ついで、22日の日本がん学会などの抗議に対しては、23日になって『医科研記事、癌学会など抗議 朝日新聞「確かな取材」』との見出しで報じました。 読売・毎日・産経・日経・共同通信などは、前日に記事を配信しており、朝日新聞の対応の遅れは際だちました。また、朝日新聞の広報部が「確かな判断」や 「見解の相違」ではなく、「確かな取材」とい言い方に留まったことは示唆に富みます。記事の解釈ではなく、取材の手続きの正確さを保証したに過ぎません。
【朝日新聞のガバナンス】
この事件の真相は不明です。真相解明には、朝日新聞社、あるいは第三者機関による調査を待たねばならないでしょう。
ただ、現時点で朝日新聞の記事は捏造の疑いが強いと言わざるを得ません。例えば、中村祐輔教授は朝日新聞からインタビューを受けていませんし、東大医科 研から朝日新聞への回答と記事内容は全く異なります。また、中村教授との利益相反を示唆され、報道後に株価が暴落したオンコセラピー・サイエンス社は朝日 新聞から一切の取材を受けていません。今回の記事を、当事者から直接取材することなく、記者たちの「先入観」に基づいて組み立てたのですから、大問題です。
これでは、朝日新聞の自作自演と言われても仕方ありません。その構造は、1989年に問題となった珊瑚記事捏造事件と酷似します。この事件では関係者は処分され、一柳東一郎社長(当時)は辞任しました。また、不起訴となったものの、カメラマンは刑事告発されています。
---------- 日本医学会 平成22年10月29日
(以下抜粋)
記事は、東京大学医科学研究所附属病院での「がんワクチン」臨床試験中に、膵臓がんの患者さんに起きた消化管出血が、「『重篤な有害事象』と院内で報告されていたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかった、また医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった、と報じるものでした。一般の読者がこの記事を読まれた場合、「東大医科研が、臨床試験でがんワクチンが原因の消化管出血が生じているにもかかわらず、他の施設に情報を提供せず隠ぺいした」という印象をお持ちになられると思います。
しかし医学的真実は異なります。医科研病院が情報隠蔽をしていたわけではありません。
まず、この臨床試験は難治性の膵臓がん患者さんを対象としたものであり、抗がん剤とがんワクチンを併用したものでした。難治性の膵臓癌で、消化管出血が生じることがあることは医学的常識です。当該患者さんも、膵臓がんの進行により、食道からの出血を来していました。あえて他の施設に消化管出血を報告することは通常行われません。さらに、この臨床試験は医科研病院単独で行われたものであり、他の施設に報告する義務はありませんでした。以上から、医科研病院が情報隠蔽をしていたわけではないことがわかります。
さらに記事には問題があります。それは、日本のトップレベルの業績を持つ中村祐輔教授を不当に貶める報道内容であったことです。
2010年10月15日の朝日新聞社会面は、「患者出血「なぜ知らせぬ」ワクチン臨床試験協力の病院、困惑」「薬の開発優先批判免れない」となっています。本文中では、中村祐輔教授が、未承認のペプチドの開発者であること、中村教授を代表者とする研究グループが中心となり、上記ペプチドの製造販売承認を得ようとしていること、中村教授が、上記研究成果の事業化を目的としたオンコセラピー・サイエンス社(大学発ベンチャー)の筆頭株主であること、消化管出血の事実が他の施設に伝えられなかったことを摘示し、「被験者の確保が難しくなって製品化が遅れる事態を避けようとしたのではないかという疑念すら抱かせるもので、被験者の安全よりも薬の開発を優先させたとの批判は免れない」との内容が述べられています。
しかしながらこの記事の内容も誤っています。中村祐輔教授は、がんペプチドワクチンの開発者ではなく、特許も保有しておらず、医科研病院の臨床試験の責任者ではありません。責任を有する立場でない中村祐輔教授を批判するのは、お門違いであり、重大な人権侵害です。
---------- 戦略検討フォーラム
2011年2月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会
(以下抜粋)
臨床試験の経験のある医師ならば誰でも、一連の記事に対し、違和感を覚える。臨床試験の用語の定義は厳密である。一般的な日本語ではなく、符牒として理 解すべきものである。副作用と有害事象は意味の異なる符牒である。臨床試験中に発生した医学上好ましくない事象は、因果関係の有無に関係なく、すべて有害事象として記載される。使用された薬剤に起因する有害事象が副作用である。被験者の数が少ないと、稀な副作用は偶発症と区別できない。将来、「副作用とする方がよいのでは」という修正の可能性を担保するために、あらゆる有害事象がもれなく記載される。科学的判断に基づき、多くの場合「因果関係を否定できな い」群に分類される。
臨床試験の記載とは別に、問題となった出血については、医科研病院での症例検討で、膵臓がんの進行による併発症と判断された。膵臓がんで消化管出血はま れなことではない。ちなみに「重篤な」という文言は入院期間が延長されたためである。実際には、血圧が低下することもなく出血はおさまった。
被験者の選択基準を変更して、消化管出血の恐れがある患者を除いたことについて、医科研側の文章には説明がない。消化管出血ががんの進行によるもので、 副作用でないとの判断に立っているので、被験者の保護が目的ではない。常識的には、臨床試験の評価能を保つためである。進行がん患者ではさまざまな併発症 が発生し、しばしば死に至る。しかも、有害事象の記載は厳格にしなければならない。原疾患による重篤な症状や死亡が多いと、評価そのものが不可能になる。 被験者の選択基準は、被験者の権利を守ることに加えて、適切な評価を可能にするよう設定される。進行がんが対象の臨床試験で、死が差し迫った末期患者が被験者から除外されるのはこのためである。
進行がんを治療するための抗がん剤や分子標的薬は、大きな副作用が発生しやすい。臨床試験でも、有害事象や副作用は珍しいものではない。「重篤な有害事 象」や「重篤な副作用」があったからといって、安易に臨床試験を中止すれば、有用な薬剤が患者に届かなくなる。臨床試験の中止は、メリットとデメリットを 比較検討して慎重に決められる。ちなみに、医科研病院で臨床試験を中止した理由は、医科研の説明を端的に表現すると、「重篤な有害事象」があったからで はなく、それまでの結果から、十分な効果が期待できないと判断されたからである。
記者が「重篤な有害事象」の正確な意味を理解して記事を書いたとすれば、悪意があったとしか思えない。意味を理解していなかったとすれば、記者の資格がない。元NHKの和田努氏の文章(「『患者出血』伝えずの新聞記事 記者の”悪意”は不在だったのか?」『新医療』平成22年12月号)が、同業者の驚き のニュアンスを良く伝えている。
「出血の原因がワクチンであるように意図的に記事を書くことは、明らかに”悪意”である。若い記者が功名心にはやり、勇み足をしたというのではなく、論説委員、編集委員という”大記者”の所業とはにわかに信じがたい。取材を受けた東大医科研の中村祐輔教授は、もっと直截に悪意について語っている。「週刊 現代」の談話を引かしていただく。「取材の過程から、朝日の記者は私に悪意を持っているとしか思えませんでした。—まるでストーカーのようでし た」。」
■正当な非難か誹謗中傷か
朝日新聞は、医科研病院と中村教授を非難する以上、倫理的には、根拠を示す責任がある。大井玄によると、倫理は、ある集団あるいは個人の生存確率を最大化するための行動戦略が長年薫習されることによって形成される(「環境問題をどう考えるか」, サングラハ, 78, 2008.)。非難の根拠を示しておかなければ、朝日新聞の生存確率を低くする。
医科研病院への非難が正当化されるのは、突き詰めると、臨床試験での有害事象を、別の臨床試験を実施している研究組織に報告する義務があった場合だけである。
臨床試験は試験ごとに研究組織が組まれ、責任医師が決められる。情報は共同研究施設で共有される。日本中で膨大な数の臨床試験が実施されている。結果 は、論文化され、社会で共有される。問題となった臨床試験は、医科研病院単独のもので、治療のプロトコールも独自のものだった。がんの進行による出血は、 倫理的にも、ルール上も、実務上も、他の研究組織に報告すべき筋合いのものではない。
臨床試験は、担当医師に恣意的な判断と行動をさせないようにするため、厳格なルールを課している。このため、ルールにない行動をとりにくい。他の研究組織に有害事象の情報を伝えても、伝えられた側は、ルールがないため取り扱いに困る。
小噺を一つ。佐藤家の家族が鮨屋で食事をした。翌日、風邪をひいた長男だけが下痢をした。隣の鈴木家はその数日後、別の鮨屋で食事をした。ここにシュー ルな老人が登場。「佐藤家が、長男が下痢をしたことを鈴木家に伝えなかったのは人倫にもとる」とし、血相を変えて町内に触れ回った。老人の異様な倫理意識 はどこから来るのか。老人の認知能力に問題はなかったのか。老人は佐藤家を嫌っていたのか。老人の家族はなぜ老人の行動を止められなかったのか。不可思議 な行動を説明できる隠れた合理的理由があるのか。
中村教授への非難を正当化するのはさらに難しい。中村教授は臨床に携わっておらず、有害事象情報の扱いを議論できる立場にないからである。それにも拘わ らず、一連の記事で、研究者として実名が登場したのは、中村教授だけだった。社説の見出しは「東大医科研 研究者の良心が問われる」だった。この問題で中 村教授を非難できるとすれば、有害事象情報の扱いに不当に介入して、扱いを変えさせた場合だけではないか。ところが、朝日新聞の記事によれば、医科研病院 は「ペプチドと出血の因果関係を否定できない」とし、「被験者の同意を得るための説明文書にも消化管出血が起きたことを追加した」。朝日新聞の記述が正し ければ、有害事象情報が正しく記載され、隠蔽されることなく、その後の被験者に伝えられたことを示している。
朝日新聞は、非難を正当化する根拠を提示していない。根拠がなければ、誹謗中傷とされても仕方がない。
ところで、今回、ノーベル医学・生理学賞を受賞された京都大学本庶佑特別教授が開発された免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」と朝日新聞が捏造記事で開発を停滞させたワクチン療法とは、同じがん免疫療法でも、仕組みが違います。
本庶佑教授も仰る通り、正確な知識も持たず綿密な検証も行わないマスコミ(オールドメディア)の報道は、簡単に信じてはダメですね。
【簡単に信じない9割はうそ】ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった京都大学特別教授・本庶佑さん「研究は何か知りたいという好奇心、もう一つは簡単に信じない。よくマスコミの人はネイチャーサイエンスに出ているからどうだという話をされるけど9割はうそで10年たったら残って1割と思ってる」 pic.twitter.com/tws7pObgsI
— Mi2 (@YES777777777) October 2, 2018
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